MINI ブログ
ミニなの?ミニクーパーなの!?
ローバー、BMW問わずミニオーナーの方なら必ず経験されているはずの会話のやり取りがあります。
友人:「クルマ、何乗ってんの?」
自分:「ミニに乗ってるんだ」
友人:「ミニって、ミニクーパー?」
・・・ミニオーナーなら分かっているはずですが、「クーパー」はあくまでグレード名であって車名ではありませんよね。でも「ミニ」=「ミニクーパー」と認識している人がとても多いです。では、なぜこんなにもミニクーパーの名前で有名になったのでしょうか?
そもそも、ミニクーパーの「クーパー」とは、ミニを設計したアレック・イシゴニスの友人であり往年の名チューナー、ジョン・クーパーという人物に由来します。
15歳で学校を卒業後、工具屋で奉公していたジョン・クーパーは、第二次世界大時にはイギリス軍の計器担当者として従軍。終戦後の1948年に父チャールズとともに、プライベーター向けに安価なレーシングカーを製造・販売する「クーパー・カー・カンパニー」を創設します。彼らの作り上げるマシンはとても性能が良く、様々なレースシーンで良い成績を収めます。50年代には、FRが主流だった当時のF1の世界で画期的なミドシップレイアウト(エンジンがドライバー後方に設置される)のマシンを作り、1959年と1960年にはF1史上初めて2年連続でタイトルを獲得しています。
写真:http://www.cooperbikes.com/history
しかし、F1で輝かしい成績を収める一方で、サルーンカーレースではロータス勢の後塵を拝していていました。そんな中、1958年に友人であるイシゴニスにミニ(当時のモーリスミニマイナー/オースチンセブン)の試作車を見せられます。どうやってロータスを倒すか悩んでいたクーパーは、ミニに試乗して『このハンドリングなら勝てる』と感じ、そこからミニをチューニングした『ミニクーパー』が誕生する事となりました。
そしてこのクルマでポルシェなど名立たるライバルがエントリーするモンテカルロラリー(冬のアルプスを走る過酷レース)で1964年、65年、67年に優勝した事が今でも伝説的な活躍として語り継がれています。
※ちなみに1966年もミニは1-2フィニッシュを果たすのですが、ヘッドライトの規定違反という不可解な理由で失格となっています。
このようにミニが世間に登場して間もない時期に『ミニクーパー』があまりに鮮烈な活躍をした為、この形の車が『ミニクーパー』という名前で世の中に浸透してしまいました。この為、現代でも「ミニ」=「ミニクーパー」と認識している人が多いのだと思われます。特にミニの場合は、1959年の生産開始から2000年に到るまで、殆どその形を変えないまま生産され続けた事も大きく影響しているようです。
さらにこんなエピソードも・・・。
80年代になると既にジョン・クーパーの栄光は過去の物となり始めました。BMCはレースから撤退し、さらにミニの人気にも陰りが見え始め、当時はミニが生産中止されるとの噂も聞こえるようになりました。しかし、80年代後半にジョンクーパー氏がコンプリートキットを開発、販売したことでミニの人気が再燃します。特に日本国内でのミニ人気は高く、生産中止されずに済んだのは日本市場のお陰とも言われています。そして91年、当時のローバー社が「ミニクーパー」の名前を量産モデルとして復活させます。ジョンクーパー氏の人気にあやかる形でメーカーが復活させたのです。これにより、ミニの人気は世界的に復活し、生産中止が検討されていたミニの寿命が10年近くも延命する事になるのです。
そして、ローバーからミニのブランドを引き継いだBMWも、ミニクーパーをグレード名として使用し続けています。更にエンジンやマフラー、サスペンション、ブレーキ等、多くのパーツにレースのノウハウをフィードバックした最上級グレードには「ジョン・クーパー・ワークス(JCW)」として、ジョン・クーパー氏の名前が付けられています。
このように時代は変わり、時が移り変わってもジョン・クーパーの走りの遺伝子はミニの中に生き続けているんです!特に日本ではAT車が多い中、ディーゼルを除く全車種全グレードでMTが選択可能である事も、ミニが如何に走りを意識しているかがわかりますね♪
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